piyopiyo diary

幸せまで五十歩百歩。

水波誠 「昆虫 --驚異の微小脳」

中公新書、2006年。

地球上で、昆虫というのは最も成功した動物と言えるそうです。すべての動物種の3分の2を占める約100万種が記載され、それでもまだ推定される種のほんの一部とのこと。この本では、文字通り陸の王者とも言えるほどの繁栄を誇る昆虫の生態を、その「小さな」脳に焦点をあてながら解説しています。

著者が提唱した「微小脳」とは、例えば哺乳類のような「巨大脳」と比較して、単に量的に小さいことを表すだけではありません。それぞれの適応戦略に基づいて、必要な機能を実現するために発達してきた、質的な特徴があります。昆虫は節足動物の一種であり、外骨格によって体を支え、酸素の供給を拡散によって行っているために、ある程度以上大きくなれないという制約があります。この小さな体で、他の動物との競争に勝ち抜いてゆくための鍵となってきたのが、その脳でした。

昆虫の微小脳では、構成するニューロン数が少なく(10の6乗のオーダー)、すばやい応答によって俊敏な運動能力を支えています。感覚系、運動系の神経系の階層性は低く、少ない数のニューロンによって一つの機能を支えているために複雑な処理が不得意な分を、スピードで補っています。一方哺乳類のような巨大脳(10の12乗のオーダー)では、きめ細かいパターン認識や学習能力を得意としています。環境への適応では、昆虫は旺盛な繁殖力によって不安定な環境に適応し、哺乳類は安定な環境をより有効に利用する方向に発達してきました(「ピアンカの理論」における、それぞれ「r戦略」と「K戦略」)。

このような小さな脳にも関わらず、驚くべき機能を備えています。顕著な例が、ミツバチが餌のある方向と距離を仲間に伝えるために行う「ダンス」。8の字を描くダンスの交差した部分の鉛直方向との角度によって、餌の方向と太陽の方角とのなす角を表し、交差部分の距離(その間に翅をならす時間の長さ)で餌までの距離を表します。あの小さな脳が、このような空間把握能力や記憶能力を担うことが出来ることには、自然の生み出したものの精妙さに感じ入らずにはいられません。

目次:

  • 昆虫の繁栄を支える小さな脳
  • ファーブルから現代まで
  • 複眼は昆虫の何をものがたるか
  • 単眼はどんな働きをしているか
  • 空を飛ぶしくみ
  • 匂いを感じるしくみ
  • キノコ体は景色の記憶に関わる
  • 匂いの学習と記憶
  • ミツバチのダンス
  • ハチやアリの帰巣と偏光コンパス
  • 微小脳と巨大脳