piyopiyo diary

幸せまで五十歩百歩。

保阪正康「陸軍良識派の研究」

光人社NF文庫, 2005/単行本 1997。

「まえがき」にある次のような言葉が、この著者の基本的なスタンスを表しています。

「人は生きる時代を選べない。大半の人は、自らが生まれた時代の理念と倫理といった規範に合わせて生きる。平時にも尊敬できる人がいる反面、軽侮の念でしか見れない人がいるように、あの戦時下にも尊敬できる人もいれば、そうでない人がいる。歴史の功罪をむろん土台にして考えなければならないにせよ、あの時代に生きた尊敬できる人の軌跡、そしてその資質は相応の視点で検証しなければならない」

明治維新からの敗戦までの歴史は、日本人が最も、自らの運命の主であった時代かも知れません。この時代を再検証し続けてゆくことは日本人としての責務と言えるでしょう。満州事変、日中戦争を経て太平洋戦争に突入していった昭和初期。この時代の、陸軍をはじめとする国家の中枢を担った人々に対しては、とかく後知恵的な視点からの批判に陥りがちです。しかしそこから未来に対する道標を汲み出すためには、時代の精神、雰囲気をその背景とともに再構築した上で、どのような決断をすべきだったのかを検討して行くプロセスが必要です。

著者の保阪氏は、膨大な取材を通して、このような視点を可能にしてくれる歴史家で、私にとっては秦郁彦氏と共に、その姿勢に信を置いている人のひとりです。

この本を手に取って、あれ?と思ったのは、武藤章の名が良識派として挙げられていること。蘆溝橋での日中の衝突から日中戦争へ拡大してゆく事態を懸命に抑えようとした石原莞爾に言ったとされている、「満州事変のときの閣下と同じことをしているのです」という台詞は有名です。しかしながら、事変後の武藤の自省や、理知的な考えかた、後に対米戦争を避けようと努力したことなどから判断して、良識派と考えてよいというのが著者の見方です。「人は生きる時代を選べない」だけではなく、そこで与えられる役割からも、逃げられないのかも知れません。

この本で良識派軍人として章を設けて述べられているのは次の10人。

その時代の知性が、良識が、何を考え何を為そうとしたのか。我々もまた、選ぶことの出来ない時代を生きている以上、歴史を振り返る際に常に持っていなければならないテーマです。